年金からの「天引き」が始まった後期高齢者医療制度。メディアも報じているように、本市の窓口にも大勢の問い合わせが寄せられている。現在のところ保険料算定にかかわるお尋ねが大半で、大きなトラブルはないようだが、それで良しと済ませられる問題ではない。

 

 この制度は非常に複雑で、発足前には広報だけではなく地域説明会等開催し、周知に努めてきたが、十分に理解されているとは言いがたい。行政職員にも難しいくらいだから、お年寄りにはなおさらのことだろう。

 

 そもそも医療保険自体いくつもの制度がからみあい、さらに介護保険と連動する構造になっていて、かつ今回は年金からの「天引き」が重なるので、「何度聞いても分からない」というのが正直なところではないだろうか。

 

 ちょうど何度も増築、改築を繰り返してきた家と同じで、廊下は入り組み、あちこちに出っ張りや引っ込みがあって歩きにくい上に、目的の部屋がどこにあるのか、どういったらいいのか、何度行き来しても全貌はどうにもつかみきれない。

 

 ただ明確なことは、医療費や社会保障費を抑制したいという国の政策意思が貫かれていることだ。

 このメッセージだけは、間違いなく国民に伝わっている。

 

 かつて「医療亡国論」というのがあった。増え続ける医療費が国家財政を危機に追い込み、国を破綻させるというのである。そのときにメディアを賑わせたのは、とくにどこが悪いわけでもないのに病院の待合室で世間話をするお年寄りの姿、両手に抱えきれない薬をもらって帰る患者、退院できるほどに回復したのに家族が引き取るのをいやがって転院を繰り返す「社会的入院」の増大、といった話題や映像。

 

 医療費抑制をターゲットにすえた制度改正の設計にあたっては、次のような理解が横たわっていたように思う。

 

  1. 日本は十分に豊かになった。

  2. 医療費、社会保障費は際限なく増大する傾向にあり、財政運営を困難にさせる。

  3. それが日本経済の成長力を阻害するおそれがあり、GDPに占める医療費・社会保障費の総額比率を一定水準以下に保つ必要がある。

  4. よって個人の自立と自己責任、受益者負担と民間効率の原理を組みこんだ新たな制度に移行しなければならない。

 

 法制度を正しく理解するというのはなかなか難しいことだが、面白いもので、どんなに複雑難解な制度であっても、そこに込められた根本意図は必ず伝わっていく。

 

 そして良し悪しは別として、その政策の帰結が自分にどう降りかかってくるか、についても、多くの人は皮膚感覚を通じて理解しているものだ。

 

 市長である私も、この結果、基礎自治体にいったいどんな新たな課題が突きつけられてくるか、それにどう備え、対応すべきかについて、職員と共有し、市民にお伝えしなければならないと思っている。

 

薄墨桜今日の写真は新城のものではありません。

岐阜県根尾村の有名な「薄墨桜」です。つい数日前、知人が撮ってきてくれたもの。
樹齢千数百年、高さ17.2メートル、幹回り9.2メートル。

私はまだ観たことがありませんが、それは素晴らしいそうです。