8月23日土曜日に「第19回新城薪能」が盛大に開催された。そのときのプログラムに、新城薪能の由来と特色が簡潔に記されているので、一部引用したい。

 

 『~~新城においては、新城文化会館が完成したのを契機に、平成2年第1回「新城薪能」が新城市文化協会主催で催され大好評を得ました。富永神社の祭礼能とは別に、流派を問わず誰でも参加できることとし、まさに「能楽の里」を目指しての企画であります。現在全国で2百か所ほど薪能が催されていますが、ほとんどが能楽師による演能で、新城薪能のようにシテ方・ワキ方・囃子方・狂言方のすべてが素人というのはほとんど例を見ないと言われております。このような新城薪能を、長い伝統を持つ祭礼能と共に維持発展させてゆくことが私共の念願であります。~~』

 

 この日も小中学生をはじめ若い世代から年配のベテランまでが、素晴らしい熱演を披露してくださった。

 

 江戸時代に起源をもつ祭礼能が代々連綿と受け継がれてきたことは、新城の「町衆文化」の誇るべきところだ。

 

 こうした伝統芸能の承継には、たくさんの決まりごとが「仕掛け」として必要とされる。とくにそれぞれの役回りを家伝世襲のものとして決め、他人の介在を許さないシステムを構築している場合が多い。神事・祭事と結びついている場合はなおさらのこと。

 

 地域性というのは、ある意味では「排他性」をもって成立するものだ。そしてその地域性を象徴する役割を特定の集団に独占させることで、それを守り、受け継ぐことへの独特の拘束力を担保するのである。

 

 プロの世界での家元制度や襲名制度はその端的な例だが、町文化のなかでも同じようなことが見られる。

 

 その地域を支える産業、経済、政治、文化などが安定的なときには、この仕組みがかなりよく機能するが、それが変動をきたすと、継承システムに注意信号がともりだす。そして代々役目を務めてきた人々に過度な負担が集中し、個人的犠牲さえ強いるようになる。

 

 また新しい住民からは、排他性・独占性への批判も起こってくる。

 

 このようななかで新城市民が取り組みはじめたのは、独占性の強い祭礼行事は行事として元型のまま保持しながら、より多くの人にその芸能を開放し、親しんでもらう別の土俵をつくることだった。

 

 素晴らしい知恵ではないか。

 

 これがどのように進んでいくのか。伝統行事の盛衰に接すると、地域の成り立ちと今後のあり方がよりはっきりと理解される。

 

 「山の湊(みなと)」はどこに行くか?

 薪能の写真