医療費抑制、あるいは社会保障費抑制の大方針は、国の財政事情から規定されたものだが、その論拠の一つとなったものが、GDP成長率の枠内に社会保障費の伸び率を収めないと、いずれ破綻をきたすというものだった。

 

 これはとっても「分かりやすい」。稼ぎの伸び率よりも医者にかかる費用の伸びが上回ったら、いずれ首が回らなくなる、と。

 

 ここに流れている考え方は、医療費は非生産的なもので、生産による所得が増えてはじめてそこに費用が回せるようになる、というものだ。

 

 けれども病をなおして前よりも健康で、気持ちよく働けるようになれば、その費用は、より生産能力を高め、所得を増やす原資になる、という考えも成り立つ。

 

 10の生産能力を持つ人が病気になって、5の能力に落ちた。稼ぎは半分になったのだから医療費も減らしなさい―これが正しい対処法か。

 

 いや、できるだけ速やかに健康を取り戻し、できたら隠れていた他の疾患も発見して前よりもリフレッシュした体にできるように、きちんとした医療を受けなさい、回復後は15くらい働けるようになったらいいね―こう対処するか。

 

 医療は新しい産業だというのは、医療を非生産分野だと考える前世紀の思考を乗り越えることでもある。

 

 いざという時に十分な医療が受けられないと思えば、人は安心して仕事に打ち込むことはできないし、いつも恐る恐る生活しなければならなくなる。結果として、国民全体の生産能力は減衰していく。

 

 さらに人口減少。一人ひとりの力が高まり、存分に能力が発揮されてこそ、社会発展も展望できる。健康を保持し、疾病リスクを軽減し、いざという時の保障が担保されてこその話ではないか。

 

 GDP成長率範囲内という基準は、収支会計の数値管理には適していても、より良き明日をつくる価値判断にとって代わることはできない。

 

 経済成長率を人間能力の成長が上回ってはいけない、としたら、結局その経済も衰退を待つしかなくなるだろう。

 

 医療と教育は、これからの日本にとって生命線となるものに違いない。

 

祝・優勝

 

8月20日ブログ『快挙』で報告した全国弓道大会女子個人戦の部での優勝。

 

これを祝して、市役所本庁舎に横断幕が掲げられました。

 

 

 

役所に掲げられるのは今日まで。明日以降は、鳳来中に。

新学期の生徒たちを嬉しい幕が迎えます。